夢の記録

水を飲み過ぎた さかなのような

20220105

夢を見た。

ずっと現実だと思っていて、お手洗いに行こう!と思ったら、それが夢だった。


どこかの街で暮らしていて、もう色々なことを忘れてとぼとぼしていた。
ちなと会うと、自分は100均だかに行きたいからここでサヨナラだと言われた。

「江古田銀座しか行ったことないけど、きょうは知らない場所に行くから…」

少し寂しかったけど了承して自分は直進する。今日は年始だからかどこもセールをやっていて、ていうか築地みたいな薄暗さだった。魚屋さんや八百屋がセールをやっているが、話しかけられても緊張してメニューを見ることもできないのだった。とぼとぼと路地を歩くうちにいつの間にか赤暗い照明の下に着いている。ここは多摩六都科学館、ということらしかった。

 

科学館の入り口でわらわらとにぎわう人の中、ぼうっとオープニング展示を眺めていたら長谷川に会った。最初気づかなくて、「あ!」と話しかけられた後、ニコニコと微笑まれる。会えるなんて思ってなかった。最近よく見かけるけど、そっけないし…。

「多摩六都とかくるんだ」「まあ…それより、一緒に見ようよ」「え!いいよ」

赤いライトに照らされた表情をみてるとなんかほっとした。巨大なスクエア型のブラックホールとか(そんなもん展示していいのか死ぬぞ)、モビールが垂らされたよくわからん装置とか。適当にいろんなところをぐるぐる見ると、近くのうどん屋さんに連れていかれる。慣れた手つきで発券機にお金を入れる君。こんなとこ来てたんだ。家の近所なのに知らなかった。列に並び、わたしの番がくる。

全然1000円札が入らない。

「まってまってれんにゃ、60円だって」「60円!?!1杯でそんな安いわけ」「安いの。いいからこの詰まったの抜いて」

べそをかきながら取り出してなんとか見つけた小銭を投入する。心配した周りの人たちが各々でギターを対価にしたりいろいろしてくれてた。白紙はスタスタと真っ暗な階段をおりていってしまったのかもしれない。いつの間にか、いなかった。

階下はあんなに狭い(それこそ西新宿のらんぷの入り口のような)のに、中はだだっ広い空間になっていて、青を基調にしたカフェのようだった。深海という言葉が適切か。店員さんに案内されて広すぎる席に座る。照明…そうだな、この既視感は京都のソワレだ。ソワレを2000倍くらいにした空間だ。適当に注文してナポリタンを食べたりした。うどんじゃなかったのかよ。

 

気付けば整形外科の中にいた。

タダでラウンジというか施設を使い放題というのに惹かれて整形外科に無料会員登録し、空間に入り浸っている。トイレに行ったら掃除中で、でもきちんと「掃除前」「掃除したて」「まだ」などの張り紙が区画ごとに細かく貼られてるのでびっくりした。

掃除担当の人たち(おばさんが多かった気がするが、小さい子もいたような)がゴシゴシとモップをかけたあとを、真っピンクの赤ちゃん?幼児?が必死に雑巾がけしている。黒人の子だろうか。動きが遅いと何度か叩かれて可哀そうだった。途中院長先生が来て、ああこの人CMで見たぞと妙な気持ちになるのもつかの間、ピンクの子たちを指さして、こんなものはもっと雑に扱えという。院長先生は自分の家の猫を四角い型にはめて育てたことを自慢げに話した。目の前にその猫がいるけど、かわいそうに、耳とシッポがくっついてしまっている。それとも望んだっていうのだろうか。わたしには目もくれず、院長先生はスタスタと帰っていった。若干ホドロフスキー的な世界観と思う。

トイレを出てぼーっと立っていると、人がどんどん通り過ぎる。しかし、わたしの顔をみた3人組のマジで知らない人が立ち止まるのだった。「れんちゃん?やっぱりそうよね?」そうですが。「えーそんな、(整形とか)する必要ないでしょ」と言いつつもどこかうれしそうだ。うちの母親みたいだと思った。奇麗な人の努力を認める前に、整形だ、金があるからだと一蹴する。わたしはそれはすこし不幸だと思った。「鼻がいやなんです」「鼻????鼻なんて一番失敗率の高い…」「あと目元とか…」何を答えたかはよく覚えていない。

そのうちお医者さんみたいな人とも会って、話しかけられたからコンプレックスを正直に話した。でもお金がないんですというと、「あなたのような人のためのプランがあるんですよ」と、1回単位37000円のコースを説明してくれた。ふーん。ぼんやりと説明を聞いていたら、右側にあるでかいモニターが目に留まる。CMで白紙の曲が流れ始めた。

これ知ってる、毒のアレンジバージョンだ。


カニエ・ウェストのGraduationみたいな映像に合わせてCMが進み、ふいに白紙のつくった音が混ざりこんでくる。これ作るの大変そうだったな。新曲のAs know you are here…ゴリゴリのプログレでびびったやつだ。知らない場所でどぎまぎするのに、白紙の音楽が流れてたことがなんだか実家のような安心感だった。パチリ。